HRテクノロジー総研調査レポートREPORT

2018.07.13
調査

2つの人材戦略 ―採用 vs 教育―
~ NetflixとAT&Tの事例から見る対照的なアプローチ~ <後編>

 
前編では、高スキル人材の獲得競争におけるNetflixとAT&Tの具体的な施策を紹介しました。両社は、採用と教育という異なる戦略で必要なスキルの確保を図っています。後半では、後者の成果についてまとめると同時に、2つの事例を比較・考察していきます。

AT&Tの工夫と成果

AT&Tは従業員再教育プログラムのなかで、再教育を動機づけするために、下記のような仕掛けを用意しています。
 

  • システムが従業員の既存のスキルを分析し、追加のトレーニングでたどり着けそうな未来の仕事を具体的に提案。従業員は、望めばそれとは異なる未来の目標を選択することも可能
  • 従業員にマッチする業務に募集が出たら、お知らせを受け取ることが可能
  • ワンクリックで、類似の業務についている、近くの従業員を見つけることができる
  • 社内インターンシッププログラムを整備し、スキルをつけた従業員が新ポジションの仕事を一定期間体験可能。これによって、フィットを見極めることができるよう配慮
  • マネジメントがこの取組を重要事項の一つと捉え、自らが積極的に内外で唱道することで、従業員にクリアなメッセージを発信

 
これらの工夫が従業員の主体的なキャリアアップへの志向を支え、これまで、全従業員の半数を超える人数がのべ270万のオンラインコースを完了しました。また、社内のオンラインキャリアプロファイルページ上で57,000名の従業員を対象に、のべ177,000のバーチャル表彰が行われたとのことです。 約475名の従業員がジョージアテックカレッジのコンピューターサイエンス修士オンラインプログラムにエントリーし、80名が卒業しました。
 
こうした教育の効果の一例として、テレコミュにケーション分野においては、深いテクニカルスキルが必要なケースでの、外注比率が劇的に減少した、というものがあるそうです。また、ネットワーク作業従事者(急速に需要が低下している職種)が、ジョージアテックのオンラインコースでコンピューターサイエンスの学位を取得した後、ビッグデータサイエンティストのポジションに異動することに成功した例もあります。一方で、ある従業員は従来型のプロジェクトマネージャだった経験に、オンライントレーニングで取得したテクニカルスキルを掛け合わせ、シニアスクラムマスタの職に就きました。本人の希望通り、ウォーターフォール型のプロジェクトマネジメントの世界から先端的なアジャイル型のそれにシフトできたとのことで、会社のニーズが充足されただけでなく、本人の働きがいにも好影響を及ぼし、ひいては対社外へのPR的役割さえ果たしています。
 
2020年を見据えたこの取組みの成否を判断するのはまだ時期早尚ですが、AT&Tはその進捗や結果の計測も重要な要素とし、下記4つのカテゴリで評価するとしています。

 

  • アクティビティ: 施策導入・展開のための活動実績
    (例) 既存と将来のコンピテンシ及びカルチャーギャップの特定、年功序列から成果主導へとシフトするパフォーマンスメトリクスやシステムの作成、職務要件の見直し、従業員によるキャリアツールの使用、トレーニングコースへの登録・完了・表彰・資格・学位の取得状況など

 

  • ハイドロリクス: 従業員の上下・水平・斜めにわたる組織を横断した動きの促進のこと。主に新しい役割についた人数に関する指標
    (例) 人材パイプラインの充実度、特定ジョブの内製状況(科学/技術/工学/数学関連)、オープンジョブが満たされるまでの時間、採用コストなど
    (計測実績) 上記特定ジョブの内製率が2012年から15年の間に20%向上したとのことです

 

  • 事業成果: 事業面でポジティブな影響を与える変化や結果に関する指標
    (例) 効率性の向上、組織的ナレッジ及び関係性に深い知識を持つ従業員のリテンション、商品開発サイクルタイムなど
    (計測実績) グローバル規模な新サービスの着想から実装までの所要時間が2014年以来半減したとのことです (Harvard Business Review 2016年10月号掲載の ”Talent Management: AT&T’s Talent Overhaul by John Donovan and Cathy Benko”)

 

  • センチメント: AT&Tの評判に対する社内外の認知状況に関する指標
    (例) 従業員としてAT&Tを喜んで推薦するか、メディアや業界アナリストの言及など

 

本事例でのキーのひとつは、あくまでも責任は従業員個々人にあるとし、どうなりたいか、そのために何を、どのくらい熱心にやるかを能動的に本人に決めさせる点です(これまで従事してきた仕事がなくなるまでにトレーニングに参加しなかったために、会社から去る従業員も存在しますが、それも本人の判断です)。従業員の自発的なキャリアに対する志をサポートし、会社の進む方向性とシンクロさせることで両者が競争力をつけていくモデルです。しかも、このアプローチは、恒常的なトレーニング文化が根付けば、変わりゆく経済環境においても永続的に効果を出し続ける可能性を示唆しています。

 

Netflixの手法の注意点

Netflixの採用を中心とした高スキル人材獲得手法の要点は以下の様にまとめることができます。
 

  • 高待遇による人材惹きつけ(高額な報酬、優秀な仲間、高い自由度)
  • 不要な人材は速やかに退職を促す
  • 退職勧奨を受けた場合も、元Netflixであれば市場で評価される(としている)

 
この3点は各々が強く結びついたセットとなっています。「高待遇」が実現できるのは、「不要な人材に退職を促す」仕組みがあるからです。不要な人材を雇用するコストを極限まで抑えているからこそ、高収入のための原資や優秀なメンバーだけで構成されたドリームチームを用意することができるのです。また、退職勧奨の仕組みが採用において大きな不利に繋がらないのは、「元Netflixブランド」が採用市場で強いからです。このような3点セットの取組は、日本においてもコンサルティングファームなどで似た取組が行われています。
 
しかし、このNetflix方式の手法はどの企業でも真似できる・すべき手法ではありません。例えば、以下のような業種・職種に応用する場合は注意が必要です。
 

  • 事故リスク、コンプライアンス違反リスクが大きい業種

個々人の自由度、裁量を大きくすることは、裏を返すと、事故やコンプライアンス違反発生のリスクも孕んでいます。ミスが大事故につながるようなインフラや機微な個人情報を扱う業種・職種に関しては、Netflixのような「高い自由度」はコストが大きいでしょう。
 

  • 優秀な人材獲得よりもコスト削減が重要な業種

ある種の業種・職種は人材の働きぶりよりも、コスト削減が重要なことがあります。そうした場合、「高額な報酬」や「高い自由度」は他社との競争や利益創出の観点から見て、許容できない可能性があります。
 

  • 降格や退職勧奨ができない企業

前述した通り、Netflixの高待遇は退職勧奨の仕組みと表裏一体となっています。退職勧奨、降格、異動などの仕組み無しにNetflixのような手法を採った場合、高報酬、低成果の人材が滞留し、人件費負担となるだけでなく、ドリームチーム組成の阻害要因やミス、トラブルの発生要因となる可能性があります。採用で良く見極めると言っても、人間の観察眼には限界があります。難しい話ではあるのですが、高待遇を用意する場合、誤った人材を採用した際の対処法は、非常に重要な論点と言えます。

 

AT&Tの手法の注意点

AT&Tの従業員再教育による高スキル人材獲得手法の要点は以下の様にまとめることができます。
 

  • 従業員の学習意欲を引き出す工夫
    キャリアに関する多様な情報提供(職務の需給見込み、必要スキル、想定給与、適職提案、応募案内など)、報酬制度の改定、社内インターンシップ制度、トップのコミットメント

  • 従業員が学習し易い環境の用意
    多様なオンラインコンテンツの用意
  • 施策の効果検証

 
他社の取組と大きく異なる特徴は「学習意欲を引き出す工夫」の部分になりますが、これを実際に行うとなると難易度が高く、以下のような課題が想定されます。
 
課題①:情報提供の実現コストが高い

キャリアに関する情報提供は実現が非常に大変です。各職務の必要スキルを再定義するのは多くの場合かなりの工数が予想されます。AT&Tでも取組の初期に「2,000にものぼるジョブタイトルの整理・統合、スキルや能力の再定義」を行っています。職務の役割定義が曖昧な日本企業でこの作業を行うのは、かなりの困難が予想されます。
 
また、職務の需給見込みに関しては、まず事業戦略が明確でないと立案できません。その上、これらの結果をシステムに落とし込むとなると、かなりのコストが予想されます。個社ごとで対応するよりも一般的なサービスの開発が適しているのかもしれません。
 
課題②:厳しいメッセージを送ることも必要になる可能性

職務の需給予測は見方によっては「このままだとあなたの仕事は無くなりますよ」というメッセージになる可能性が高く、「会社は我々を見捨てるのか!」といった反発を招く可能性があります。また、終身雇用の安心感が非常に強い場合は、需給予測が何の危機感も喚起しないことも考えられます。情報提供に興味を持ってもらうためには、「安心感を壊す」ことも必要になるかもしれません。
 
また、筆者の体験上にはなりますが、Web上での情報提供だけで社員の行動を大きく変えるのはなかなか困難です。AT&Tにおいても、トップマネジメントがリーダーシップをとって方向性をはっきり打ち出しました。予想になってしまいますが、恐らく、マネジャーや人事からの対面での働きかけ(「この職種を目指してこれを受講したら良いのではないか?」など)が相当程度あったのではないかと思われます。
 
以上のようにNetflix、AT&Tの事例はどちらが良いという訳でも、誰もがそのまま真似するべきものでもありません。自社の状況(獲得したいスキル、予算、できること・できないことなど)に応じて、最適な選択を行うことが一番重要です。そういう意味では、Netflix、AT&T共に、自社の状況にフィットした選択をしていると言えるでしょう。「良い事例」を貪欲に収集し続けるビジネスパーソンも散見されますが、時には一度立ち止まってちゃんと自社の状況を整理するということが重要かもしれません。

 

出典:

CNBC.com

Harvard Business Review

FORTUNE.com

Netflixウェブサイト

Netflix CEO keynote -Summary of Freedom & Responsibility: As We Grow, Minimize Rules-

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