カオナビHRテクノロジー総研調査レポートREPORT
アメリカにおけるノーレイティングの取組
近年、聞くことの増えてきた「ノーレイティング」という仕組み。
聞いたことがある人は多くても、実際の内容を把握できている担当者は意外と少ないのではないでしょうか。今回は、先行してノーレイティングが実施されてきたアメリカにおける取組について、GEを中心に調査した内容をまとめています。
GEに見る評価システムの変遷
エジソンによる創設から120年を超えるGEは、これまでマネジメントに関する新しいアイディアを実現し続けてきたことで知られています。
その手法はビジネススクールで教えられ、多くの名だたる企業において実際に適用されてきました。
その結果、GEは他の大企業をけん引する人材も多数輩出しています。評価制度も例外ではありません。
はじめに、過去GEがとっていた評価システムを振り返ってみましょう。
80~90年代
年次評価に際し、マネージャが従業員一人ひとりに成績をつけ、全社員を並べて順位の決定を行います。下位10%に位置づけられた従業員群は、事実上退職を促される対象になります。
翌年、残った90%の従業員同士がふるいにかけられるため、サバイバルの要素が特徴的なシステムとなっていました。
00~10年代
5ポイントスケール(9ブロックとも)と呼ばれるシステムで、従業員のパフォーマンスと社のバリューとのフィットを軸に、年次評価のなかで従業員を3×3のマス目の中にプロットし、ラベルをあてはめていきます。ラベルは”role model (ロールモデル)”、 “excellent (卓越)”、 “strong contributor (強力な貢献者)”、 “development needed (能力開発が必要)”、 “unsatisfactory (不十分)”と呼ばれていました。
上記の通り、GEではレイティング(格付け)型の評価システムを40年間維持し、他社も同様な手法に追随した結果、これらが業界を問わず広く世の中の主流となってきました。
こういったこれまでの評価システムの主要な問題点としては、高コスト(例として、デロイトでは従業員とマネージャで年間200万時間をパフォーマンスレビューに費やし、GAPは評価プロセスに年間300万ドルかかっていた)、低フレキシビリティ、評価が思わしくない場合の従業員のモチベーションの低下などが指摘されています。
GEの現行評価システム:PD@GE -Performance Development at GE-
現在GEでは、これまでのレイティング評価を辞め、2014年頃からパイロット運用を経て徐々にロールアウトしてきた、PD@GE(Performance Development at GE)という取り組みを実施しています。いわば、個人向けフィードバックアプリを用いたリアルタイムなパフォーマンスレビュー及び能力開発です。具体的な方法や成果は以下の通りです。
従業員はモバイルアプリを使用し、自らの業務にプライオリティを設定。そして、適宜、上司・同僚からのフィードバック(”インサイト”と呼ばれる)を受け取ります。フィードバックには”Continue(継続)”、”Consider(再考)”の2タイプのタグ付けができるようになっています。良いことをしている従業員をエンカレージするフィードバックは前者、パフォーマンスに改善の余地がある場合には後者のタグを付けることになっています。こうしたフィードバックを通じて、本人が仕事の仕方を考える際のガイドとなるような建設的な批判を、提供する仕組みとなっています。
また、フィードバックが届くと、自動的にメールで通知され、受け取ったフィードバックは本人にしかアクセスできないようになっています。こうしたモバイルアプリを用いて、従業員一人一人が主体的に行動改善を行うことが期待されています。
年度末には上司とのサマリー面談を設け、アプリがフィードバックコメントから自動作成したパフォーマンスサマリーをもとに、前向きな能力及びキャリア開発、ゴールに近づくためのプライオリティ開発などを行っています。
PD@GEを実施した結果、継続的でよりリッチなダイアローグを通して、従業員各個人のユニークな貢献やインパクトがクリアになったとのことです。そのため年次評価の際も有意義で未来志向のディスカッションがしやすくなったといいます。
GEのレポートによると、レイティング評価を辞めた後も効率的な従業員の昇進・昇給を推進できており、ブルーンバーグからは、パイロットプログラムに参加した従業員は、”ノーレイティングシステムでは、以前と比較してよりモチベートされた”と報告されています。
かつての様に定められた年次評価のタイミングに関わらず、従業員はプライオリティを現実に即してフレキシブルに変えられ、都度フィードバックを得られることで、ゴールに対して今自身がどこにいるのか、どのように進めばよいのかが理解できます。また、評価レイティングに囚われすぎないため、失敗を恐れずにチャレンジするマインドセットや率直で生産的な対話が醸成され、従業員自身の働き甲斐や成長への前向きな姿勢がコーポレート文化の一部として根付きつつあると推察されます。
本取り組みはそもそも、GEがグローバルなトップ企業としての地位を維持するための能力主義と顧客価値集中の強化を目的とし、従業員の継続的成長を加速化すべくデザインされたものです。レイティングからの脱却自体を目的化したものではなく、今も給与はいわゆるパフォーマンスと呼ばれるものにリンクしています。それは例えば顧客へ向けて出した結果、マーケットやビジネスの状況などに応じています。
なお、このPD@GEは、中心的役割を果たしているリアルタイムなフィードバックが有益なものであることが前提となっている仕組みです。そこでGEでは、従業員が適切なフィードバックを提供するスキルを習得できるよう沢山のトレーニングを実施しています。
また、ポータルをはじめ多様な社内HRシステムが整備されており、マネージャには様々なサポートが提供されます。リーダーシップカリキュラムも用意され、チームの育成にプラスとなる対話の実現を後押ししています。
追随した他社の、想定外な現実
一連のGEの動きに追随し、多数の企業がノーレイティングの仕組みを始めました。有名な例では、アクセンチュア、デロイト、ゴールドマンサックス、アドビ、IBM、マイクロソフト、GAPなどの企業があります。例えば2015年のデロイトによる106か国内3,300のビジネス及びHRリーダーへの調査では、レイティング評価がコーポレート文化に痛手を与え、従業員のエンゲージメントや自己肯定を損ねていると結論づけました。同様な見解が散見され、従来のレイティング評価の弊害が明示的になってきたことに対する打ち手としてノーレイティングという手法が支持を得たといえます。
しかし、残念ながら、この評価システム改革の道のりがうまくいってない企業も存在します。CEB(米国の調査及びアドバイザリ会社)の30組織1万人弱の従業員への調査で、企業がレイティングを辞めたいわゆる「ノーレイティング」に移行した結果、従業員生産性が10%、従業員エンゲージメントが6%低下したという実情が明らかになりました。低下の原因は主に、確固としたレイティングシステムがないために、明確なフィードバックをすることができなかったマネージャたちの責に帰するというものです。また、明確なレイティングがないことで、正当な評価を失ったと感じたり、やる気をそがれたと感じる従業員も多くいました。そのため、数年以内にレイティング評価システムに戻すことを検討している企業も存在します。もちろん、「ノーレイティング」と一纏めにしたところで実際の運用詳細は企業によって千差万別です。しかし、全体的な傾向として、ノーレイティングの成功には困難を伴うことへの一定の裏付けになっているといえそうです。
ノーレイティング検討にあたってのポイント
ノーレイティング検討のポイントの一つは、ノーレイティングという言葉の使い方です。
人事担当者と対話すると、一般的にノーレイティングは以下の3つの異なった要素が混在して認識されているようです。
① 頻度の高いフィードバック
② 現場への権限移譲
③ 人材の格付けを行わない(狭義のノーレイティング)
ノーレイティングという語感だけを見ると③が中核的要素に見えますが、それは誤解です。GEの取組においても、所謂パフォーマンス評価という形で格付けの要素は残っています。現実にボーナス原資を配分したりポジションの割振りを検討することを考えると何らかの格付けは必要になるケースが多いと考えられます。
また、「①頻度の高いフィードバック」「②現場への権限移譲」をセットにした形態、具体的には、現場にボーナスやポジションの配分権限を大胆に与え、人事が評価に関与しないノーレイティングの形態も存在します。この場合は人事部から見ると「ノーレイティング」(格付け業務は消失した)に見えますが、従業員から見ると「格付けが無い」とは言い難いでしょう。
そう考えると、ノーレイティングの潮流の中で最も中核的で重要な概念は「頻度の高いフィードバック」であることが分ります。語感に引きずられてこの点を見誤らないこと、誤解され易いことに注意して対話を行うこと、が重要です。
二つ目のポイントが「従業員のフィードバック力」です。
「頻度の高いフィードバック」を有効に作用させるためには、マネージャを中心とした従業員にフィードバックの能力が必要となります。もしかすると、テキストを用いたフィードバックという行為は、ものごとをハッキリ言わず、以心伝心で伝えることに慣れた日本人には少々ハードルが高いかもしれません。また、相互に建設的な議論を行うためには、従業員同士の方向性が一致していること(少なくとも相手の方向性を理解していること)が求められます。そのため、ノーレイティング実施にあたり、改めて自社のビジョン、ミッションなどの浸透が必要になるかもしれません。
三つ目のポイントが現場の負担軽減です。「頻度の高いフィードバック」は正直なところ現場にとって大きな負担増に見えることでしょう。ITツールなどを活用し、多くの社員が負担なくフィードバックをできる環境を用意しなければ、理念が現場で骨抜きにされてしまう可能性は高いです。実際、PD@GEでも、独自のアプリケーションを用意することで、従業員の負担を軽減しています。関わる従業員数が多いテーマのため、その負担の軽減は制度の成功だけでなく、費用対効果の面からも対策が求められると言えます。
出典:
WSJ reports
Bloomberg
Business Insider
Human Resources
Huffington Post
Tech Target
GEウェブサイト
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