カオナビHRテクノロジー総研調査レポートREPORT

2018.06.22
調査

2つの人材戦略 ―採用 vs 教育―
~ NetflixとAT&Tの事例から見る対照的なアプローチ ~ <前編>

 

時代の変化が早くなり、あらゆる業界においてスキルが陳腐化し易くなっていると言われています。そうした中で、「どのようにして最新のスキルを持つ人材を自社に取り込むか?」は企業経営において非常に重要な課題です。今回は「外から獲得する=採用」戦略を採ったNetflixと「内部で育成する=教育」戦略をとったAT&Tという対照的な二社のケースを、取り上げています。

進むスキルアンマッチと人材不足

昨今その事例が断片的に語られているデジタルトランスフォーメーション。近い将来ITによる社会全体の変革の波が押し寄せてくることは認知していても、現時点で適切な対応に着手できている企業はまだ少数派です。企業に求められるサービスが変われば必要な人材やスキルもそれに伴って変わります。しかしスキルアンマッチは既に広く、特に進化スピードの速いテクノロジー業界では顕著に発生しており、Society for Human Resource Managementのレポートによると、採用担当のマネージャ約40%が、ポジションを埋められない理由に、テクニカルスキルの不足があるとしているそうです。日本でも有効求人倍率は高水準のまま推移しており、人材獲得競争が激化するなかで必要なスキルを獲得できずに苦労する企業の姿が多数見られます。

人材戦略 ―採用か教育か―

事業に必要とされるスキルを持つ人材を新たに外から獲得してくる採用という手法は、どの企業でも当たり前に行われています。ただ、現在労働市場が売り手市場であり、慢性的に人材不足なことからコストが高く、必要な人材を必要な規模で確保できるかどうかの見通しすらも立てにくい企業もあります。また、仮に採用できたとしてもその人材がフル稼働に至るまで5-9か月かかり、従業員リプレースの平均的なコストは給与の20%を超えるといわれており、給与水準が上がるほどコスト比率も上昇する傾向にあるともいわれています(Society for Human Resource Management調査)。

 

そんななか、成長著しい米メディア企業Netflix社では、業界トップの金銭的待遇と憧れのワークプレースを公言し、優秀な人材を惹きつけることに成功しています。今のNetflixだからこそ実現可能という側面もありますが、成果を上げており、一つの優れた手法といえます。

 

対照的に、老舗のAT&T(アメリカ最大手の通信会社で、日本のNTTグループをイメージして頂くと分かりやすいです)は、採用ではなく、教育で必要なスキルを獲得する、大規模な試みを始めています。長い歴史のなかで、AT&Tを取り巻く社会や技術は大きく変質してきています。ネットワークは音声からデータへ、サービスの中心はハードウェアからクラウドへ、コミュニケーションは固定回線からモバイルへと変遷をとげ、それに伴い事業運営に必要なスキルも大きく変化しています。AT&Tでは、進化を続けるテクノロジーや今後有望な事業に向けて必要なスキルを、外から獲得するのではなく、既存の従業員を再教育/リトレーニング(AT&Tでは“リスキル”と呼ぶ)することで競争力を高めようとしています。

Netflixにおける超セルフマネジメント志向の人材戦略

Netflixは自社のウェブサイトにおいて、自社は従業員全員がハイパフォーマであり、ドリームチームの一員として仕事ができる素晴らしいワークプレースであると自称しています。その組織は、ハイパフォーマ同士で刺激を受け合うドリームチームを創ることで、従業員の創造性や生産性が発揮され、事業が成功を収める、という流れを意図しています。成長に伴う複雑性によって生じる混沌を、ルールの整備ではなくハイパフォーマ率の高さで回避し、自由で創造的な企業活動を維持しています。通常ならば配備されるルールやプロセスの定義を敢えて行っていません。これは、それらを定めることで、組織が硬直化し、イノベーションが阻害されることがないよう、配慮してのことです。例えば、休暇規定も経費・旅費規程もなく、従業員個々人に判断が委ねられています。これは、Netflixにとって何がベストかに照らして主体的に意思決定できる人材を採用しているから、との思想に基づいています。

 

報酬については、従業員の市場価値の試算レンジのうち最大額を給与として(サラリーとストックオプションによる支給内訳を自分で決められる)支給します。年に一度相場を調査し、該当領域人材の充足度合やパフォーマンスに応じた市場価値に給与を連動させ、その変動に伴い給与を調整します。会社の業績不振による従業員の減給はあり得ないとしており、プロスポーツチームの様に市場価値に基づいた給与設定となっています。また、好業績時はストックオプションが従業員への提供価値を押し上げることになります。

 

また、時間や努力では従業員の貢献を測らず、強制分布やランキングといった全社一律の評価制度もありません。代わりに、「キーパーテスト」というものがあります。これは、マネージャに自分のチームにいて欲しい人材を判断させる仕組みです。「チームメンバーの一人が他社へ行くことを考えていたら、懸命にとめるか?」という観点でマネージャはチームメンバーを審査します。この審査に引っかかった(「とめない」という結論になった)チームメンバーは速やかに手厚い退職パッケージ(最低4か月分の給与)を受けて退場することになり、マネージャはより良いドリームチームになるために、より適切な人材を該当ポジションに就けることができます。また、Netflixは、ドリームチームからの離脱は恥ずべきことではなく、むしろNetflixに所属していた経歴があれば他社がすぐに雇ってくれると、主張しています。

 

好待遇などを駆使し、Netflixという企業で働くことをブランド化することで、事業に必要な高スキル人材を確保し、そのクオリティだからこそ保てる企業風土とパフォーマンスで更なる事業成長とブランド強化を実現する、というユニークなモデルといえます。

AT&Tにおける保有資産のバリューアップ人材戦略

「Workforce 2020イニシアティブ」というAT&Tの新しい人材開発取組が始まったきっかけは、2008年に行った「新事業ドメインに必要なスキルを持つ自社のタレント調査」でした。25万人の従業員のうち、半数しかサイエンス・テクノロジー・数学的スキルといった該当スキルを保有していなかったのです。10万人もの社員が次の10年では存在すらしなくなるであろう、ハードウェア系の職に就いていました。

 

AT&Tは解決策として、教育による既存従業員の活用という道を選択しました。長期間勤務した従業員は、組織の構造や文化に習熟し、幅広いスキルの蓄積を持つだけでなく、該当事業ドメインにおける影響力を握っているケースも多い点を、この決定にあたり重視したとのことです。AT&Tでは、今後最も需要のある職は、データサイエンティスト、コンピューターアナリティクス、アプリケーションエンジニア及びクラウドコンピューティング関連等としています。こうした背景を踏まえ、「Workforce 2020イニシアティブ」は、2020年までに10万人の従業員に最新のスキルを習得させ、新しい職へ再配置することを目指し、10億ドルと数年をかけた野心的な再教育プロジェクトです。

 

AT&Tがまず着手したのは、ジョブ構成の抜本的見直しでした。大企業にありがちな、2000にものぼる複雑に派生してきたジョブタイトルを整理・統合し、各々にスキルや能力を明確に紐づけし直しました。これにより、ジョブの流動性が高まり、互換性のあるスキルの開発が促されます。同時に業績評価を見直し、年功序列よりも、事業目標への貢献やジョブの市場価値にフォーカスする方向性にシフトしました。この結果、需要の高いスキルを持つ人材に対する経済的対価が高まりました。また報酬体系についても、業績に対する意識を向上させ、ハイパフォーマをよりモチベートするために、変動給与の割合を増加させる形に変更しました。そして、これらの変革に対応できるよう、従業員を支援するためのオンラインセルフサービスプラットフォームを構築しました。社内で“Future Ready”と呼ばれる取組みが提供するのは、従業員が現状から将来会社が望む人材に到達するまでのロードマップとプログラムであり、概要は下記の通りです。

 

<Future Readyが提供するもの>

■ Career Intelligence (オンラインキャリアポータル)で参照できる採用トレンド情報:

  • AT&T内にどんな職があるか
  • 各職種の在職者数
  • それぞれに求められるスキル
  • 想定給与レベル
  • 該当領域の成長もしくは衰退見込み

■ 各種オンライントレーニングコース(データサイエンス、サイバーセキュリティ、アジャイルプロジェクトマネジメント、コンピューターサイエンス関連など):

  • 自社作成コンテンツ
  • Courseram、Udacity、その他有名大学と協業したオンライントレーニングコンテンツ
  • Georgia Tech Instituteカレッジ、Notre Dame大学、オクラホマ大学などのオンラインプログラムを支援・協業し、従業員の学費をカバーしたり、通常より安い授業料設定などのサポート

その他、AT&Tが現在および今後求めているジョブを特定し、それに向けたトレーニングについて従業員がガイドを受けられるキャリアセンターも併設されているそうです

 

AT&Tの社内システム画面キャプチャ (CNBC.comより)

 

出 典
CNBC.com
Harvard Business Review
FORTUNE.com
Netflixウェブサイト
Netflix CEO keynote -Summary of Freedom & Responsibility: As We Grow, Minimize Rules-

 

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