カオナビHRテクノロジー総研調査レポートREPORT

2019.01.29
調査

欧米におけるパルスサーベイの活用
~アディダスとユニリーバの事例から~

 

従業員の状態や満足度を測定するためのサーベイは以前からありますが、近年は、「少設問・高頻度」なパルスサーベイという形態のサーベイへの注目が国内外問わず高まりつつあります。多くの人事関連の潮流がそうであるようにパルスサーベイも欧米においていち早く取り組みが行われています。本記事では、海外における取組事例からパルスサーベイ実施のポイントを探りたいと思います。

米国でパルスサーベイが注目されつつある背景

米国では2000年初頭から、従業員エンゲージメントと業績の相関を示す研究がいくつも発表され、今では多くの企業において、何らかの形で従業員エンゲージメントサーベイが導入されています。従業員エンゲージメントサーベイの多くは、年次のサイクルで大規模に行われるのが一般的です。一度に多くの質問ができるので、組織の多角的なテーマを対象に豊富で詳細な情報を得ることができます。その反面、一年間の状態を一時点で問うので、その間に起こった変化や一時的な事象をとらえにくい、という性質を持ちます。通常50個以上の質問項目からなり、負担が大きいことから回答率や正直な回答の割合が低いこともあります。また、膨大なデータの集計やインサイトの抽出に時間がかかり、集めた従業員の声に対するアクションが遅くなりがちで、これが続くと従業員が回答に意味を見出せなくなり、サーベイが形骸化してしまいます。

 

そういった難点を解消すべく登場したのが従業員パルスサーベイです。‘パルス’とは、直訳すると‘脈拍’という意味ですが、短くてリズミカルな様を表現しています。通常10個以内のポイントを絞った質問から構成され、短時間で回答が完了します。簡易なため回答率が高く、定期的な実施により時系列での変化や短期的なトレンドを把握することが可能です。また、支援ツールにはデータ分析機能が付随していることが一般的で、迅速な結果集計からアクションに繋げやすくなっています。これにより従業員は、自分の声が企業に届いている感覚を醸成でき、組織文化の浸透やコミュニケーションの促進につながるとされています。また、組織レベルでの特定の取組がある場合、そのモニタリングツールとしても利用可能です。下図にまとめた通り、エンゲージメントサーベイとパルスサーベイはどちらも一長一短となっており、優劣はありません。双方を併用しているケースも多いようです。

 

<一般的な両サーベイの特徴>

 

顧客満足度向上の手法を従業員に適用したアディダスの事例

アディダス社は、Qualtrics(米国のサーベイソリューションを提供する企業)のツールを利用し、People Pulseというプログラムを実施しています。そもそもスポーツアパレルの小売りという事業がら、従業員が多数の店舗に分散している上、従業員の大半が若く、メールを開かないソーシャルネットワーク世代であることから、コミュニケーションに課題を抱えていました。ピープルアナリティクスのディレクターが、顧客の体験についてのフィードバック把握には洗練されたアプローチをとっているのに対し、社内の従業員への理解は進化していない点に問題意識を持ったことが、プログラムの始まりでした。

 

アディダス社のパルスサーベイは月次で配信され、モバイルで5分で回答できる様、オープンテキストと10段階でのレベル選択から成る質問で構成されています。従業員は、例えば「アディダスグループで働くことをどの程度薦めたいか?」といった質問に選択式で答え、「一番よいところは?」、「改善できるところは?」に自由入力します。回答者は回答後、即時に集計結果を確認できるようになっています。企業が従業員の意見を尊重しているという信頼を確立するために、このようなリアルタイムのフィードバックを提供しているそうです。

 

調査内容は6か月サイクルでデザインされています。毎回、eNPS(エンプロイー・ネット・プロモーター・スコアの頭文字で、従業員の職場に対する愛着や信頼の度合を数値でスコアリングした指標)に加え、もう1つのテーマが含まれます。そのテーマは月ごとに設定され、会社が重要視している価値観―コラボレーション、自信、クリエイティビティ、ダイバーシティー―や、その時々の組織や事業上の事項、事業部別に独自に調査したい項目についてなどです。

<アディダスのパルスサーベイPeople Pulseの画面イメージ(Qualtrics社のウェブサイトより)>

 

 

自由回答はツールの持つテキスト分析機能によりキーワードや心情に応じてカテゴライズされます。こうした結果は、マネージャーがモバイルツールで閲覧できるようになっており、マネージャーはいつでもどこでも、集計結果に基づいてアクションを検討できるようになっています。

<アディダスのパルスサーベイの結果閲覧画面イメージ(Qualtrics社のウェブサイトより)>

 

 

また、アディダスはパルスサーベイだけで従業員の状況を把握しているわけではありません。他に、必要に応じて都度行う単発のサーベイや、エンプロイージャーニーに沿ったサーベイも併用しています。後者は、カスタマージャーニーの考え方同様、従業員のキャリア上、適切なタッチポイントでフィードバックを得ようという試みです。例えば、オンボーディング(入社決定から組織に馴染んで独りで仕事ができるようになるまで)のタイミングがあります。加えて、入社から退社までの配置換えや再入社などの節目となる重要なポイントごとにシステマチックにデータを取得することで、施策やイベントが従業員に与えるインパクトについて理解を深めることができます。

 

今後は、” Always On! ”という目標を掲げ、従業員のフィードバックを会社側が取りに行くだけではなく、重要で関連性の高い声を従業員が自然といつでも聞かせてくれるような環境の構築を目指しています。目下、入力方法改善のため、ボットやバーチャルアシスタンスによる対話形式などを検討しているとのことです。

 

シンプルな、日々のパルスをとるユニリーバの事例


<パルスサーベイデバイスイメージ (Celpax AB社のウェブサイトより)>


消費材のグローバル企業、ユニリーバのクレーヴェ(独)工場では数年前より従業員からのフィードバックのモニタリングをデイリーで行っています。

 

簡易なデバイスを出口に取り付けて置き、従業員は退社時に「今日はどうだったか?」という問いに対する回答を青(ポジティブ)か赤(ネガティブ)ボタンで選択します。すると、即時に同僚たちの結果をデバイスで参照できます。また、併設のスクリーンでも定期的に過去のムードトレンドなどが共有されます。

<パルスサーベイデバイスイメージ (Celpax AB社のウェブサイトより)>

 

導入の目的は、モチベーションが高くハッピーな従業員による、より良い業績の実現です。日々のフィードバックにより従業員の状態がタイムリーに分かるので、職場でのマネージメントが満足度の向上につながっているかどうかを見きわめ、必要な対応をとることができます。マネージャーや技術者との毎週の会議で赤青率の参照を定例化し、リーダーシップ会議ではその日のみならず長期的に従業員がポジティブでいられるように何ができるかを話し合っています。こうした取り組みの結果、マネージャーが継続的かつ時機を捉えて組織のかじ取りをできるようになったとのことです。

 

<パルスサーベイ結果の参照画面イメージ。赤青率とその過去のトレンドや他拠点との比較などが閲覧できる (Celpax AB社のウェブサイトより)>

 

 

また、他社では、より具体的な情報を得るために、デバイスの隣に意見箱を設置している例もあります。ユニリーバでは毎週自由参加の朝食会を開催し、従業員からフィードバックや提案を持ち寄ってもらっています。このように比較的シンプルなパルスサーベイでも、その運用方法や他施策との併用といった工夫により、大きな効果に結びつけられる可能性があります。

 

テクノロジーを活用した最新のパルスサーベイ

アディダスの事例では、今後入力方法をより自然に近づける方向性を検討していましたが、他にも、新しいテクノロジーを活用したパルスサーベイ手法が出現しています。

 

上述のQualtricsのみならず、Peakon(デンマーク)やQlearsite(英国)といったソリューションは、アルゴリズムを用いて数値から感情に至るまでのサーベイデータを分析し、さまざまなインサイトを出力します。

 

まず、従業員に投げかける質問については、予期しない答えが入力され問題がありそうな場合、自動的に関連した質問を挿入するなど動的な制御を行っています。

一方で回答データについては、ダッシュボードに整理され、マネージャーは自身のチームのスコアを時系列やテーマ別に閲覧でき、ベンチマーク比較もできます。影響の大きさによって分解されたキードライバーのスコアや優先順位も明確になっており、具体的なアクションが自動で提案されます。それをもとにマネージャーは自身のアクションを素早く検討し、動き出すことができます。

 

<パルスサーベイ結果の参照画面イメージ。サーベイの詳細を、様々な切り口で整理し、キードライバーも抽出する。(Qlearsite社のサイトより)>

 

 

たとえばPeakonを使用してパルスサーベイのパイロット導入をしているキャップジェミニ(コンサルティングファーム)では、従業員の「自分の意見を言える自由がないと感じる」という不満が認識されると、マネージャーには「ミーティングで最後まで口をはさまず意見を聞く」「自由に意見を交換できるフォーラムをたてる」などのアクションが提案されます。こうしたサポートを用いて、マネージャーが、効果的で実行可能なアクションにフォーカスすることができます

 

<パルスサーベイ結果の参照画面イメージ。マネージャへの望ましいアクションが自動的に提示される (Peakon社のウェブサイトより)>

 

 

このように、最近のツールでは、サーベイ後の迅速なアクションを担保するための支援が重視されています。パルスサーベイの特色である、リアルタイム性を活かすためには自然な流れといえるでしょう。高頻度の実施で従業員がサーベイ疲労しないよう、把握した課題に対し素早く対策を講じる必要があるからです。しかし、それだけにパルスサーベイの目的を明確にしておかないと、ツールのアウトプットに振り回されることにもなりかねません。アルゴリズムは万能ではないことを念頭におき、設定した組織の目的に合致するようなパルスサーベイのデザインと運用が求められます。

 

パルスサーベイ実施のポイント

〇ポイント1:従業員との信頼関係構築

パルスサーベイを意味のある施策にするためには、率直な回答を多くの従業員から得る必要があります。しかし、従業員が「回答してもどうせ何もしてくれない」「回答結果によっては人事上不当な扱いを受けるかもしれない」などと思ってしまうと、それもかないません。

そうしたことにならないように以下のような工夫が必要になります。

・サーベイの結果を施策に反映する

パルスサーベイは設問が少数で結果のパターンが少ないため事前に対応を考えておくことも有効です(例:「設問1が低かったら〇〇を行う」、「総合点が低い社員に人事面談を行う」など)

・サーベイの閲覧範囲を明確化・周知する

例:「役員と人事しか閲覧しない」など

 

〇ポイント2:従業員の負荷への配慮

企画し、結果を活用する側の人事としては、どうしても多くの設問を聞きたくなってしまいます。しかし、設問の負荷を大きくすることは、回答率の低下を招きますし、単純に現場の工数がかさむことでもあります。設問数のコントロールやUI、デバイスの工夫などで従業員に配慮することは重要です。

 

〇ポイント3:変革の主役は人(サーベイでは無い)

どんなに優れたサーベイも基本的には現状を測定する測定器でしかありません。人事を医者、現場を患者に例えるならば、サーベイは体温計やレントゲンに当たり、変革の主役は人事・現場などの人になります。

当たり前のことのようですが、実際の業務においては、「ツールの導入・活用」に話の焦点が言ってしまうことは良くあることであり、注意が必要です。

本記事でご紹介したアディダスやユニリーバもパルスサーベイに過剰な期待はせず、他のサーベイや朝食会などの工夫を主体的に実施しています。

 

以上のような留意点は有りますが、パルスサーベイは変化が早い近年のビジネス環境にフィットした取り組みであることは確かです。今後、日本においても導入企業が増えていくと予想されます。

 

出 典
Celpax AB社 ウェブサイト
Computer Weekly.com ウェブサイト
Computerworld UK ウェブサイト
Peakon社 ウェブサイト
Qualtrics社 ウェブサイト
Qlearsite社 ウェブサイト

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