カオナビHRテクノロジー総研調査レポートREPORT

2018.09.06
調査

企業にとって『健康経営』は取り組む価値があるのか?

健康経営とは?

経産省のWebページにおいては、「健康経営」とは、「従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること」とされています。敢えて柔らかい書き方をすると「従業員の健康管理を義務だからなんとなくやる」のではなく「経営戦略の一環として真剣に取り組む」という話になります。

 

筆者は2010年頃からしばらくの間、この健康経営の理論構築・普及に、ヘルスケア業界の一員として関わってきました。当時想定していたよりも大分普及が進んだ一方で、一部の方からは「あれはちょっと怪しいですよね」という意見も度々頂きます。確かに私自身も現在の健康経営の在り方には、いくつか違和感を覚える部分もあります。

 

そんな健康経営について、本稿ではまず、企業が健康経営に取り組む意味について、簡単に議論を整理したいと思います。

企業が健康経営に取り組むメリットとは?

企業が健康経営に取り組むメリットは何でしょうか。できるだけ幅広い項目を網羅する形で一覧にしたものが図表1です。この表内の各項目について詳しく解説します。ただし、健康経営に関する議論の多くはデータによる検証が不十分です。以下の議論の多くは仮説・推論のレベルであり、今後の検証が待たれるものであることにはご留意ください。

 

<図表1:健康経営に取り組むメリット一覧>


 
■生産性の向上

「風邪気味で仕事の効率が上がらない」という経験は誰しもがあるのではないでしょうか。仕事の効率を低下させる健康問題は風邪以外にも様々(メンタル、腰痛、アレルギーなどが大きな割合を占めると言われています)です。こうした健康問題を解消できれば、社員の生産性が向上するのでは?というのは非常に自然な考え方で、説得力があります。実際、海外の研究では、あらゆる不健康によるコストの60%以上が、こうした生産性低下によるもの(他には後述する医療費や欠勤よるコストなどがあります)との指摘もあります。
しかし、健康経営によって実際にどの程度この手の健康問題を解消できるか、それによりどの程度生産性を向上できるかについて、日本国内での検証がまだ不十分である点には注意が必要です。

 

■コストの削減

  1. 医療費負担の削減企業の観点から見ると医療費削減の効果はあまり意味が無いことが多いでしょう。多くの企業が属する健康保険組合の支出の40%程度は高齢者医療のための拠出金が占めており、加入者の医療費に使われている金額は半額程度です※1。このうちで削減できる医療費(健康に気を遣うことで抑制できる医療費)となると更に限定的になります。また、複数企業で構成されている健康保険組合の場合、自社だけが努力して医療費を下げたとしても他社の状況で打ち消されてしまいます。これらの事情から、健康経営によって支払う保険料を下げることは困難と言えるでしょう。(※1保険組合連合会 平成 30 年度健保組合予算早期集計結果の概要より)
  2.  

  3. 欠勤・退職コストの削減
    健康が阻害されることで、体調不良などによる急な欠勤や就業継続が困難になり退職に至る、といったコストが生じていることは、誰もが肯定できるところでしょう。ただし、その程度、詳細な原因については各社ごとで相違があると思われます。欠勤・退職コストという観点で健康経営に取り組む価値があるかは、社内データを使った検証が必要でしょう
  4.  

  5. 法令違反コスト・訴訟コスト
    法定のレベルの事項に対応していない場合(有給休暇を与えない、健診結果の未記録など)、罰金・懲役といった罰則や企業イメージの著しい悪化を招く可能性があります。多くの企業は健康経営と言われるまでもなく対応している事項とは思いますが、これらもまた一種の健康経営と言えます。

 

■企業イメージの向上

  1. 従業員・求職者
    各種の健康施策により従業員のエンゲージメントや求職者へのブランドが向上する可能性があるのは間違いないでしょう。ただし、取組によって効果が異なるであろうことは注意が必要です。例えば、長時間労働対策などは比較的広範な従業員・求職者から支持を集めるでしょう。一方で、がんや生活習慣病に対する取り組み(がん検診の充実や栄養士面談の実施など)を充実させても、若手社員・求職者は健康を重視しておらず※2反応は薄いでしょう。具体的に誰の企業イメージを向上させたいかにより、有効な施策は変わってくると言えます。(※2厚生労働省 平成26年版厚生労働白書 健康長寿社会の実現に向けて~健康・予防元年~より)
  2.  

  3. 消費者・投資家
    健康経営に取り組み、ホワイト企業なイメージを創ることは消費者や投資家に対するPRにもなるでしょう。ブラック企業が社会問題化する中、ホワイト企業であることはエコな企業であることと同様に消費者・投資家の行動に影響を与える可能性があります。しかし、長時間労働やメンタル問題は多くの人の共感を集めるテーマですが、生活習慣病やガンなどのテーマへの取組が、消費者・投資家にどの程度支持されるかは懸念が残ります。

 

■社会的支援の獲得

健康は社会的意義が大きい(穿った目で見ると反対し難い)テーマであることから、多くの社会的支援の仕組みが近年急速に整備されております。特に融資や保険サービスを活用することで、キャッシュの形で明確なメリットを享受することすらも可能となっています。これらの支援を活用するために健康経営に取り組むというのも一つの考え方といえます。

 

<図表2:社会的支援の仕組み一覧>
※制度・サービスの詳細は各提供組織のWebページを参照ください

 

■CSRの実現

言うまでもなく、健康というのは従業員、社会にとって極めて重要なものです。健康維持の効果が表れるのは、企業を辞めた後かもしれませんが、その時に向けて健康増進を支援することは社会的にとても意味のある事です、健康経営はCSRの観点では分かりやすく意義があると言えるでしょう。

 

健康経営に取り組みメリットまとめ

ここまで健康経営に取り組むメリットについて、記述してきました。ここまでの内容を踏まえ、健康経営のメリットに関するポイントをまとめると下記の三点に集約できます。

 

① 健康経営の実施には様々なメリットの実現が想定される

② しかし、メリットの度合いについては検証が不足しており、仮説に留まる

③ 達成したいメリットに応じて取り組む内容は変化する

 

本稿では③に対する言及は不十分となっております。この点については、別途記載予定です。

検証が不足しているとは言いましたが、経営における意思決定の多くは、確かな検証が無い状態での不確実なものが多いでしょう(新しい取り組みであれば猶更)。企業・経営者としては、上記のようなメリットを見た上で、自社の現状を振り返り、「取り組む価値がありそうだ」と思ったら、まずは具体的に健康経営を検討してみても良いのではないでしょうか。

 

一方で、そうした企業・経営者の状況に甘えることなく、公共・学術分野で健康経営を推進する方々には、様々な形での検証をぜひ進めて頂き、等身大の健康経営の在り方を明らかにして頂くことを期待したいです。

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